事務所の山下が何だか非常に怖いものに触れたかのように落ち着かなく何度もトイレに行くので、どうしたんだ?と尋ねると「肛門から出血して、それが半端な出血ではないんです。今朝までなんでもなかったのですが、お昼を食べてしばらくしたら便意をもよおしてトイレに行ったら下痢のように出血して止まらないんです。」と蒼ざめた顔で言いました。私はすぐに病院に行くことを勧めました。「救急車を呼んだ方がいいんじゃないでしょうか。」いずみが言うので救急車を呼び病院に運ばれて行きました。
「単なる痔ならいいけれど重い病気だと大変なことになるよ。病院に一緒について行ってあげればよかったかな?」
「山下さんからの連絡を待ちましょう。」
私たちは山下の連絡を待ちました。
山下から電話がありました。私は電話を替わりました。
「今、救急で診察を受けたんですけれど、直腸にに2センチほどのポリープが見つかってそれが、癌の疑いがあるというのです。これから内視鏡検査と出血が胃まで来ているというので胃カメラもやると言われました。今は止血剤の点滴を受けているのですが、即入院してくださいと言われました。」
「入院の支度があるだろうし、一時帰宅はできるのでしょ?」
「点滴が終わったら、いったん家に帰って入院の準備をしてきますとお願いします。」
「家まで送るよ。それから一緒に病院に行こう。」
「すみません、先生。」
三時過ぎに山下は事務所に戻って来ました。
「山下さん、出血は止まりましたか?痛みはないのですか?」いずみが聞きました。
「出血はまだ少しありますが痛みはまったくありません。」
「じゃあ、早速家まで行こう!」
私は山下を車に乗せ家まで行きました。山下は下着や入院に必要な物を鞄に詰め込み支度ができました。
「山下君、もしも病気が癌で手術となったら、癌は癌専門病院で手術をしなければだめだよ。国立がんセンター中央病院の紹介状を書いて貰えよ。」
「病院を変更するんですか?」
「何としても紹介状を書いてもらえよ。」
山下が入院して二日目に山下を見舞いに行きました。
「先生、やっぱり直腸癌だそうです。リンパも取ると言われました。肝臓にも転移の可能性があるので肝臓も。」
「言いにくいだろうが、国立がんセンター中央病院の紹介状を貰うんだよ。助かる命も助からなくなる。」
「はい、今日担当医に話します。」
翌日、山下は紹介状を持って築地の国立がんセンター中央病院に行き、夕方事務所に来ました。
「どうだった?」私は山下に聞きました。
「ステージ2だそうです。人工肛門を一時的に取り付ける手術をして、リンパも肝臓も取る必要は無いと言われました。入院はベットが空くまで一月ほどだそうです。」
「手遅れにならなくてよかったですね。この機会にお酒もタバコもお控えになったほうがよろしいですよ。」
「はい、もうやめます。」
山下が素直にいずみの申し出をうけとめてくれたことにいずみは喜びました。
六時になりました。私はいずみに、食事をして一緒に帰ろうと言いました。私たちは銀座の天ぷら屋に行きました。
「先生、明後日の金曜日にわたしの家にカレーを食べにいらしてくださいます?」
「カレーは得意料理だったね。是非食べに行くよ!」もうあと二日でいずみの家に行けるよろこびが、からだじゅうにしみこむような気がしました。
「先生、ゆかりちゃん元気にしてましたか?可愛い子でしょ!」急にゆかりの名前が出たので私はどきりとしました。
「ゆかりさんもいずみに会いたがっていたよ。」
「もう、あのお店では会わないでくださいね!先生がゆかりちゃんと何かあったら困ります。」
「今度から事務所に来てもらうことにした。店で会うのは嫌なんだよ。」
「ゆかりちゃんは綺麗だしスタイルも抜群だしお客さんもたくさんフアンがいるんですよ。」
「いずみに比べたら問題にならないさ!いずみほど綺麗な人はいないよ!」
「先生、わたしのことどう思っているの?」
「愛してる!それに私と対等に語り合える相手だって言ったろ!」
「わたしも先生を愛していますし尊敬しています!本当に信頼できるただ一人の人だと思っています!」
私といずみは店を出ると手を繋いで恋人同士のように歩きました。
私は車に乗り込むといずみにキスをしました。いずみは私の握った手を離さずにいました。しばらく私たちは車の中で抱き合っていました。
「先生、金曜日、わたしの家にお泊まりになっていただけますか?」
私は頷きました。わき上がるよろこびにすなおに身をまかせて、幸福を感じていました。久しぶりにいずみを抱ける喜びを顔にみなぎらせていました。いずみの家に着くといずみは車を降りる前に再び私にキスをしました。
続く